( néant )

消費期限切れの言葉たち

くるりを好きな女の子

 

君がいないこと
君と上手く話せないこと
君が素敵だったこと
忘れてしまったこと

 

 

くるりを聴きたくなる時がある。

大抵、夜なのだが、車を運転している時が多い。

ドライブ中でも合うが、同乗者によってはチョイスしない事もある。

 

でも、好きだ。

元々洋楽が好きだったし、歌詞の意味も深く考える事もなく、調べる事もなく淡々と耳に残ったアーティストを聞くって感じだったのだけど。

 

年を重ねる度、涙腺がゆるむスピードの早さと激しい曲を聴くモチベーションが少ない事が多くなって、しっとりゆるい曲が好みになりつつある。

 

それこそクラシックも聞くし、トラックも聴く。インスト・ポストロック辺りが大好物になった。

十代の時はガンガン激しい音楽を聞いてた。意味が分からなくとも、分かった気になっていた。

むしろ、その方が楽だったからだ。

 

僕は日本人で日本語をしゃべるし、日本語で言葉を綴る。

言葉には表情もあるし、生身の生き物だと思っている。

殺すことだって、救うことだって出来る。

伝えたい言葉ほど紡ぎにくく悔しかったりもする。

 

日本人だから、日本語の曲を聴くと言葉が一気に入ってきても

想像することができる。

 

それが嫌だった。今でもたまに嫌になる。

僕らは言葉の意味をわかりすぎてて、否が応でも想像することになる。

自分の経験や周りの背景をろ過せずに感じてしまう。

それが嫌だった。すぐ分かってしまうから、言葉の意味を考えてしまうから言葉の重みを自分の中に通そうとするから遠ざけたくなる。

 

だから、邦楽とは疎遠していたけども

年をとったのか、ちょっとだけ落ち着いたのか

今では邦楽の良さも少し分かる気がするし

ゆるい、哀愁たっぷり、でも日本人にしかわからない邦画スタイルのように

落ち着いた曲が好き。

 

 

くるりは名前も知っていたけど

当時の僕は聞こうと思わなかった。

激しいの求ム!ってバカだったから

 

聴き始めたのも数年前といった感じ。

なまえも知っていたのに、なんだか聴く気になれなかった。

 

今じゃ、カラオケでも歌うしよく聞くし

歌詞の言葉を真に受けちゃって考え事したりして

避けてたことずっとしてしまったりね。

 

矛盾よ。

人間なんて矛盾の塊でしょ。

そう、肯定することにも慣れちゃって。

妥協って言葉をお店の外のでっかい看板で掲げといて、店内に入るとメニューはひとつだけで、それは妥協ではなくて諦めってメニューなのね。

 

いろんなことを妥協したつもりが、いろんなことを諦めてしまってる。

諦めたことも自分で分かって見てみぬふりだったりする。

 

そっか…。と、まさに今も仕方ないやと諦める。

 

 

くるりを聴くキッカケになったのはある女の子との出会いだった。

18、19歳の頃、、8年前か・・・。(今計算してゾッとした)

 

友達といえば友達なのだけど、彼女といえば彼女みたいなような人。

お互い意気投合して、仲良くなって気が合うけど、当時の僕は付き合うって物事に移すのを躊躇う人で。

身体の関係があったかというと、キスしかしてなくて。

彼女みたいだけど、情が入りすぎて家族みたいに思えてきて、他の女性と居る時とは感じないくらい落ち着ける空間、場所を持っていた人でした。

 

出会った当初から、僕はガンガンロック・ミュージックを聞いていたけど、彼女はマライヤ・キャリーを聴いているような人だった。

趣味が合うって言ったら映画くらい、あとは英語くらいで。

そんな数少ない内容だったけど、話してて楽しかった記憶がある。

 

僕が仲良くなれる人って男女共に数少ない人たちだけど

女性は特に、受け身で無口な方な人が多かったけども、彼女は突っ込んでもくれるしよく話してくれる明るい女性だった。

 

出会った当初はよく遊んだのだけれど、

相変わらず気分やだった僕は、急に連絡とらなくなったりする。

一年とか二年とか、好きという気持ちを考えば考える程、寂しい気持ちの錯覚のように思えてきて。

抱き寄せようとする度、僕の中の黒いものが磨かれていくような賢者もーどに襲われて疎遠になっていった。

 

たまに連絡くることがあったけど、大体愚痴のようなもんで

僕にしか理解してもらえない。と僕を頼ってきてくれた。

それが最初は嬉しかったりしたけども。

 

経験上、弱くなった人が近づいてきて一時期連絡とって仲良くして、みんな元気になったら何事もなかったように去る事がおおくて、それからは身近な話しやすい無料カウンセラーブラックジャックになるのが嫌で嫌で、適当にあしらったりしていた。

 

どうせなら抱かせろよ。と未だに思うけども。(こういうところがだめ)

女性から見て、一線どころか線すら存在していない男性に見えていたのだろう。

それを理解するまで結構苦しんだりした。

 

もちろん、その間に彼女は彼氏が出来て長い事付き合ったりしてた。

別に人の恋愛に興味もないし、幸せになろうが結婚しようが何も思わない。

同性の話も興味ない、むしろ彼女いる人とは自然に遊ばなくなる。

 

大概連絡来るときってきまって上手くいってない時や喧嘩している時

なんだかちょっくら寂しい時だろうしね

 

わいはいつも寂しいんじゃ。って白い目で見て、変わらないように返す言葉の向こう側ではいつも真顔の自分と、蔑む心が溢れそうになっていた。

 

 

彼女ももちろん、そんな時に連絡してくる。

白い目でみつつも返事返しちゃうダメ男ですけどね。

 

愚痴りたいだのお酒のみたいだのいうので

久しぶりに会おうと待ち合わせして車で迎えた際に、彼女が放った言葉を今でも覚えている。

 

「ああ〜懐かしい匂いがする」とドアを開けるなり笑って乗り込んできた。

 

匂いには気をつけてるつもり

デートをする時は一応掃除もするし、煙草くさくないように気をつけるけど

限界があるのだろう。

 

彼女は煙草の匂いがする車内を懐かしい匂いと表現した。

懐かしい匂いって言葉がすごく印象的で感慨深くて今でもずっと覚えている。

 

匂いの記憶って無意識の中で作られている事が多いと思うのです。

意識せずそんな記憶があるとも思っていないのに

ふと香る何かで無意識の中にいた誰かや物が顔をだす。

そこに儚さと哀愁を感じると同時に神秘的にも思えてくる。

音楽や景色・言葉・仕草もまた然り。

 

その匂いが一瞬にして空白をうめて心地よい空間を2人の中に作ってくれた。

 

変わったようにみえて変わってない事にどこか嬉しくなったりして。

 

マライヤ・キャリーではなく、彼氏の影響で邦楽ロックをめちゃくちゃ聴くようになっていたところ以外はね。

 

彼女は僕が知っているようなバンドの話をよくしてきた。

前より少しアクティブなようにも見えたし、音楽が好きで好きでって伝わりすぎるくらい笑ってこっちを見てた。

 

彼女といると落ちつきすぎて無意識な自分でいられる事が嬉しかったし、楽しかった。

彼女もまた、変に気を遣わずに今までと変わらないくらい堂々とよく喋る。

一緒にご飯を食べに行って、僕は好きなニンニクを我慢していたのにも関わらず彼女は思いっきりニンニクソースを頼んだりした。

当然、唇を交わした思い出の味は、ニンニク風に変わってしまって、後にも先にも忘れられないくらい強烈な匂いが残ったし、今も残っている。

 

でも、無意識なままありのままの彼女が好きだったし、後から恥ずかしがるような姿も可愛かった。

なによりも、彼女の性格は僕の生きているこの時間を止めてくれるかのようにやさしかった。

 

彼女とは映画もいったし、ご飯も食べにいった、お酒も2人で飲んだし、覚えてないくらいドライブもしたはずだし、電話だってよくした。大抵は彼女が弱った時に掛けてくるのだけど。

 

1つ1つにびっくりするような思い出もないし、刺激が常にあった訳じゃない。

今じゃ断片的で、もしくはパズルが成立しないくらいピースを失くしてしまっているかもしれない。

 

だけども、あのゆるい日常が今の僕を形成してくれてること。

不可抗力的に失わなければならない、僕らの想い出に必死に抗おうとして今、こうして記していること。どんなことでも忘れたくないと強く思っている。きっと、その点については誰よりも強い思いをもっていると思う。

 

 

空白の期間が結構あったけども。

会えば変わらない彼女がそこには当たり前にいた。

いつのまにかタバコに火をつける彼女にびっくりしたが、タバコを吸う姿が慣れてなくて面白くてバカにしたりした。

やめたほうがいいよって言える分際ではないが、やっぱりやめたほうがいいよ。と当たり前に言った。

 

一緒に飲んだ際に僕は欲求赴くままに彼女をラブホテルに誘った事もあった。

誘い文句は確か、『サッカー観たいから』だったはず。

今思うとすごく恥ずかしくなるが、本当に観たかった。もちろん、彼女との試合も望んでいたし、なんなら自らゴールを決めたい気分だっただろう。(上手くもなんともない)

結局、フランス対どこかをラブホテルで観た。

 

彼女は当時彼氏がいたし、サッカーなんか興味ないわけで、なんもしないでと念押しされまくっていた。

正直、サッカーなんかどうでもよくなって、ベッドで2人で喋ってると抱くなんて意識もとっくに消えていた。

 

僕が一線引かれる理由、もしくは線引きすらなくていい人扱いされるのがこれでよく分かるであろう。

 

そう、僕は男だけど漢ではないのだ。

 

 

言い訳を許してくれるのならば

こう言いたい。

『彼女と話してるとそれだけで楽しかった。』

 

結局、身体に触れるどころか頭を撫でることもなくセックスレスの夫婦みたいに同じベッドで寝た。

彼女はぐっすりしていたが、僕は眠れずそわそわしていたら、ゴキブリを発見して退出したのがすごく懐かしいし、もう行かないであろうラブホテルを少しセンチメンタルに後にした。

センチメンタルさとはかけ離れた、南国なラブホテルだったのだけど。

 

あの時の彼女は、変わらない彼女でもやっぱり彼氏がいるひとりの女の子で、模範的に接していた。

それか、彼女自身なんらかの好意が僕にあって許した事さえも、漢じゃない男の僕が気づかなかっただけかもしれない。

 

それから、また2人にはいつもの空白期間に戻っていった。

 

彼女と最後にあったのは、それから1年か2年経った頃だろうか。

彼女からの連絡がきた。

いちも唐突で、要件があるときにやってくる。

その時もまた、そうだった。

 

 

彼氏と別れたらしく、仕事も辞めて東京に夢を追いかけにいく。と云う。

実家に戻ってきたし会いたいとの誘いだったのだけど。

特に乗り気があるわけじゃなく、連絡を喜んだかと思えば、そうでもなく淡々とドライな返事をした。

だけど、彼女はいつにも増して押しがつよくて、根負けした形で、また彼女と会うことにした。

 

それでも、いつものように愚痴を受け続けるの捕手として声がかかったと思っていたし、淡々とドライなまま僕はいるつもりだったけども
よくよく考えてみたら、
あの時の彼女は様子が違った。

 

恋や仕事、見えないしがらみから解放された彼女はちょっとだけいつもより元気に見えた。

それか、夢への追求心でハイコントラストになっていだけなのか。

または、勝手に解釈して、そう見えただけかもしれない。

 

輝きを僕は感じたことはないし、輝いてるような人と一緒にいるのは自分の性格がゆるしてくれないから避けていたはずだし、輝きという眼煌る瞬間や雰囲気もわからないでいたが。

あの時の彼女は、まっすぐをみてたしかに潤いがあふれんばかりだった。

だけど、そこだけではなかった。

 

彼女は最後をどこまでも噛み締めていて、僕が最期まで持てずにいるであろうほどの強い覚悟を胸に夢を追うつもりだったのだろう。

 

 

それから、彼女が東京に行くまでの間、毎日のように会った、遊んでいた。

今さら目新しい遊びが2人の仲にあるわけじゃないけど、お互い誘う事もないくらい当たり前に毎日会っていた。

不思議だけど、可もなく不可もなく、でも一緒にいてなんとなく落ちつけて、なんとなく楽しい。そんな感じだったのだろう。

片方が思ってるだけだと成立しないことも、両方が針の糸を通すように繋がっていたのだろう。

 

僕は彼女のことが好きだったけども

好きって気持ちにジャンル分けがあるのなら、彼女は、恋というアーティストでも愛という曲名でもなかったと思う。

パンクぽくもなく、フォークでもなく、かといえばポップソングでもなくて。

 

当時の僕は、恋とか愛とかって考えれば考えるほどひたすら駄作で、寂しさの延長線上とかって屁理屈人間だったし、考えれば考えるほど恋とか愛を遠ざけて一匹狼に酔っていた。

現在もあまり変わらないけども。

むしろ、悪化の一方だけども。

 

『好き』という気持ちがキラキラ見えてしまって神々しくて、だけどちょっとだけ痛みを伴って、それでもその気持ちになる。ということがどれだけ素晴らしいことなのかはなんとなくだけどわかりそうな気がする。

 

僕らはあまりに普通に生きてきただけなのに、いつのまにか好きの種類が多くなる一方で、嫌いの種類はわりと一本化、それらを用途別に使い分けて器用な自分を演じることでようやく人と対峙できて笑って誤魔化す術を身につけた。

自ら植えつけた枝は複雑に入りくみ、いつしか 閉じ込められて身動きを取れないでいる。

 

少なからず僕はそうだった。

子供時代のような好きが今じゃ遠すぎて、手を伸ばせないでいる。

ただ、ただ、好きでいる事に理由もジャンルも必要なのだろうか。

誰が誰を好きになろうと、素敵じゃなかろうか。

だから僕は考えるのをやめた。

好きの量も、好きの質も僕は知らないし、僕は求めない。

僕は、好かれたら嬉しいからそれを真に感じれたらそれだけでいい。と、青臭い青春ソングのように熱くなってしまうほど、悪化に悪化を重ねている。

ネタバレすると、恋も愛も僕は知らない。

 

 

彼女へ向けた好きは恋や愛じゃなかったけども、僕はこの人のことずっと好きだろうなって感覚は常にあったし、実際、人生の折り返し地点間近だが今のところも好きである。

僕が思うに人を好きになって付き合うと2人の愛を大衆に誓わない限り、例え誓ったとしても別れがある。身体の関係を交わし続けてもまた然り。

 

身体を重ねば、重ねるほど育まれる誓いの愛もあるのだろうけど、僕はそれを分からないし、逆に手放してしまう誓いの愛になると思っている。

相手によって変わるのだろうけど。

どれだけ色がついた思い出や言葉も、白く濁って気持ちよくなってゆくのに、当たり前に黒くそまって、あまりにも汚れてゆく気がしてならない。

 

 

あの時何もなかったから、何も生まれなかったってこともあるけども。

あの時何もなかったから、何か生むこともあるのだと経験上思ったりする。

 

 

針の糸を通すことができた2人だったから。

身体を通さなくても、分かりあえた気がしたし繋がってる気もしたし、穴以上に太い糸が僕らの中には通っていた気がしたから。

 僕はそう思いたいし、そう思うことでしか僕自身を救えないでいるのかもしれない。

 

僕らはいつもと変わらず一緒にいたつもりだけど、最後に一緒にいた期間は今思うと、いつもと同じではなかったような気がする。

もちろん何をするかなんていつもと変わらず、ご飯を食べて、コーヒーを買ってドライブをして、居酒屋に行ったりとつまるものがないくらい普通な日々だった。

だけども、彼女の東京行きが迫ってくると同時に、僕の中でぼんやりと少し恋しさを覚えていった気がする。

 

ある日、彼女の家に行ったとき、僕は二匹の犬と戯れる事がすごく嬉しくて彼女の存在そっちのけだったのだけれど、僕が部屋を移動するたびに彼女は犬よりも先についてきて、僕がベッドで寝転がると隣におなじように横になったりしたことがある。

僕は彼女の気持ちに触れることはしなかったのだけども、寂しさなのか甘えたさなのか、それとも人間らしい欲求だったのか答えははっきりしなかったが、何かを感じた気がする。

僕は、そんな彼女から離れるために、変に態度を変えるわけでもなく、ただ、部屋を移動し続けていた。

 

ある日『なんで、付き合いたくないの?』と、彼女に聞かれたことがある。

僕は、お前には情が入りすぎてしまった。家族みたいにしか思えないと、返したことがある。

 

 

情なんて恋愛マスター気取りで言ったけども、情なんてよく知らないし、情も愛だと思うし、

情だなんて言ったけども、本当は、嫌いになりたくなかったから付き合わなかった。

なんて、理解されないこと言うのもだから、話しをはぐらかしていた。

 

いい思い出だけで残したくて、当たり前と思いたくなくて、ずっと、ずっと、好きでいたかったからって僕はそう決めていた。

 

 

くっついてこようとした彼女を避けるために部屋を移動し続けていたけども、彼女はそんな僕の行動に気づいていたし、寂しそうな顔をしてるのも見て見ぬ振りをした。

男と女に変わる瞬間を、僕は受け止められずにいた。

いつのまにか彼女は諦めて、今までと同じように会話して、またいつもの2人のまま別れた。

 

ロックが好きになっていた彼女の口から出るバンドは全部知っていた。

もちろん、僕が好きなバンドも挙がったし、名前だけ知ってて勝手に毛嫌いしてるバンドもたくさん挙がった。

 

彼女が、くるりと伝えたときも僕の心中はどちらかと言えば後者だった。

有名だけどなんだかポップなイメージで、有名すぎるからと食わず嫌いでいた。

影響されたくない、影響させたくないって変に凝り固まった思想だから、彼女に言われたからといってくるりと安易に踊ろされて聴くようなタイプではないし、興味はないままだった。

 

だけど、それは強がりだったのかもしれない。

 

 

彼女が旅立つ前に、僕は手紙を書こうと思っていた。

今の時代に、手紙だなんて。って思うかもしれないけども、僕はどうしても手紙を書きたかった。

 

ぼくは、未来への光を手に掴もうするよりも、過去をずっと抱きしめてボロボロになったぬいぐるみをいつまでも大事にする。

 

無機質な文字列を並べていつでも届くデジタルよりも、本人しか出せない味があって文字が息をしていて、書いた人を思い浮かべられるような手紙って存在に囚われている。

 

そんな事を今、思いっきりデジタルで誰かに伝えようとしている矛盾も自分らしいけども。

 

最後なんだし、手紙を書こうと思った。

正直、書いた内容ははっきりと覚えていないけどもありきたりな感謝だったかもしれない。

どうせ手紙を送るのだし、一緒に何かを包むつもりで色んなお店を回った。

 

実際、サプライズなんてされるのも、するのも苦手。方法も内容もわからないし、考えると頭が痛くなる。

そのときも頭が痛くなりながら、なんとなく本屋でぐるぐるしていた。

 

贈り物探しそっちのけで、自分が好きな本を漠然と眺めていたら、一冊の背表紙が目についた。

それは、くるりの詩集本だった。

一冊しか残っていなくて黒いカラーにくるりの文字だけ一際目立っている気がした。

そして、なんだかレアな宝物を発見出来た喜びのようなものも感じた。

嘘っぽく聞こえるだろうが、この一冊しか目に入らなかった。

それは、一冊の背表紙がこっちを呼んでいる気がしたし、みてと言わんばかりに僕の頭の中にズカズカと入って来た気がする。

 

僕は迷わずこの本を手に取り、中身を見ることも読む事もなくレジに持っていった。

 

直接渡すのもなんだか恥ずかしいし、直接より届いた方がなんだか新鮮な気がしたので、僕は彼女と最後に会う日から彼女が東京へ飛び立つ日を逆算しながらちょうどいい日を探しながら郵便局で手続きを済ました。

 

僕はサプライズ苦手なわけだが、残念なことにロマンチスト願望はちょこっとあるし、キザな部分が地味にすごい検閲できないボーイなのでちゃっかり手紙を書くときは、和紙に筆ペンってのがいつまでもブレない。

 

 

中学生からずっとこのスタイル。

恥ずかしながら、苦しいときにひたすら書きなぐったポエムチックな言葉もずっと筆ペンと和紙だった。

未だに部屋の本棚に開くことはない生きてきた証が眠っている。

何十冊も眠ったままのノートが僕を救ってくれたとしたら、なおさら筆ペンに和紙もやめられないな。と。(意味がわからないけど)

 

 

子どもの時に書道な通ってて、初段までは取ったけども、集中力もないし筆を洗うときに墨を水溜めに垂らして黒の波紋を見ているのが一番好きだったもので、この時から媚びが得意だったんじゃないのかなと思ったりもするくらい字は下手。

 

 

 

郵便局に行ったのも、本と手紙を送るにはどうしたらいいか色々とよくわからなかったからだし、恥ずかしかったけども局員に色々伝えたのね。

そしたら、『て、手紙?笑』と、少し小馬鹿にするように彼は笑って聞き返してきたのに腹が立ったのは未だに覚えている。

でも仕方ないきがする。時代が時代だし、そもそも宛名が筆ででっかく書かれた封なんて結構笑えるし、今書きながら笑ってしまっている。

 

 

僕は彼女が東京に行っても寂しいと思わないと感じていたし、戻ってきてもこなくてもどっちでもいいんだけど、いつかはまた会えるだろう。と思い込んでたから特に考えるものはなかった。って、思いは結局のところ、会えば会うほど、薄まっていった気がする。

 

 

 

あの日、あの日確かに僕の微動だにしない凝り固まった心は解された気がした。

あの日、あの日確かに僕は彼女を彼女としてじゃなく1人の女性として恋したくなった。

 

 

 

彼女が東京へ発つ前に会った最後の日だった。

僕は何故だか機嫌が悪かった気がする。 

何かあったからとかじゃなく、なんとなく機嫌が良くなかった気がする。

毎日のように会ってたし、行く場所も変わらないし、飽きている感じだっただろうか。

会っても特に喜びはないし、ハイテンションなんて普段からないのだけど。

こういう人に限って、機嫌悪いの?と、改まって言われると、本人でさえ機嫌の原因もわからないのに、余計に顔が不貞腐れてしまうもんだ。僕はそうだった。

 

原因分からないなんて嘘だった。

僕はこの日が確実に彼女と会える最後の日だと痛感していたし、口に出さずとも本音を言えば僕は、あのときばかりは人間らしくなれた気がする。

寂しさをひしひしと強く感じていて、口角を上げることにどこまでも戸惑っていて、歪んだ顔を止めずにはいられなかった。

 

最後に会った日は、会う前からごたごたしていた。

待ち合わせを決める文面上から僕の心はそっぽ向いたままで相手からしたらめんどくさいだろうなと自分でも分かるくらいダラダラしていた。

 

会って車を走らせても、ご飯を食べに行こうと彼女は言うけど、何食べる、何処に行くってだけのやりとりを延々に繰り返していたし、ケンカとまではいかないけど意味の分からない、もはや意味がない言い合いをしていた。ケンカではないからかなりのスローテンポな言い合いだったけども。

 

今思うと、何故あんなめんどくさいことをしていたのか自分でもよく分からない。

きっと、寂しかったんだと思うし、ご飯とか何処かっていうよりは、彼女と今までと変わらないようにただ、ただ、話をしたかったのかもしれない。

話すことなんてもうないし、特に話したいこともなかったのだけれど。

 

『もう、最後なのになんでこんな感じなるの』と、彼女は言ったと同時に寂しそうな顔を不意に見せた気がする。

 

その瞬間。

僕の中で、何者かが心臓を鷲掴みして離さなかった。

この時間に終わりが来る事を感じれば、今までの2人をなくしてしまう事を感じれば感じるほど何者は砕くつもりで掴み離さなかった。

 

正解なんてずっと分かっていた。

だけど僕は、手を挙げてまで答えるつもりなんてなかったし、僕の知らないところで答えが揃っているならそれでよかったし、答えなんてそもそも知りたくなくないし、紙ヒコーキがくもり空わってくれるなら19ばりに飛ばしたい気分だった。

 

最後と分かっている。

彼女が見せた切ない顔に力を借りるように

最後なんだ。と、自分に言い聞かせて

少しずつ、少しずつではあるが口角を取り戻していった。

これまたスローテンポな口角だったけども。

 

ファミレスだったか、それともちょっと上品なファストフードをドライブスルーしたっけ。

ただ、音楽を流してなんとなくお喋りしてなんとなく車を走らせてたっけな。

どれくらいの時間が経ったかわからないけども、僕はいつもの僕を取り戻していって、時間を置き去りにしていた気がする。

 

 

2人は最後を言い訳にして、あの日共犯になった。

理解し難いだろうけどもどこまでも2人は自然だった。

話題を出すわけでもなければ、お互いサインを示すまでもなく、2人何も疑うこともなく、なんとなくスーパーで買い出しして、ラブホテルに向かった。

やらしさを感じる間もないくらい流れるようになんとなく、ラブホテルに入った。

 

ラブホテルな気がしないくらい。

2人ベッドで足を伸ばして映画を観た。

借りてきたわけじゃないから、どれでもよかったのだけど。

オンデマンドを眺めながら

何故か、2人婚前特急で納得した。

吉高由里子は大好きだし、観たことなかったけども映画はどれでも良かったと思う。

そもそも彼女は井上真央似だったので、最初からキッズウォーにしかぼくには見えなかった。

 

2人話すことなくひたすら映画を観ていたのだが、ぼくは自然と彼女の頭に触れていて、髪を指先で梳いていた。目線は映画だったのだけれども。

 

嘘っぽいかもしれないが

僕には下心が本当に無かった気がする。

なんとなく一緒にいて、なんとなくおちついて、空気に2人溶け込んだ様で。

だから、無意識になんとなく髪を梳いて、頭を撫でて、触れていた気がする。

彼女に意識させるつもりはなかったのだけど、そうもいかないのがピンク色密室の男女。

 

彼女は映画よりもこっちをチラチラ見つめるようになって、頰の色が2人の行き先を示してイルカのように思えた。

僕は、下心はなかったけども数回しか見たことない彼女の表情に酔ったのと、別れを悟ったように思えて、同じく見つめあった。

 

そして、僕は彼女にキスをした。

強く抱きしめて、キスをした。

嬉しい事なんて一ミリもなかった。

むしろ、僕はキスをしながら別れの時間を早めている気がしてならなかったし、なんだか悲しかった。無情な身体とは無縁に悲しくなるキスは初めてだった。

 

抱きあいまくった。

キスしまくった。

触りまくったし、頭を撫でまくった。

時々顔を上げては笑いあった。

 

 

でも、僕はそれ以上前には進めなかった。

やっぱり、進めなかった。

前と同じで最後だからと分かっても彼女をこれ以上、愛し合う事が出来なかった。

全女性からブーイングもんだろうし、彼女も意味がわからない顔をしていた。

だけど彼女はいつものように僕を変わった人のように言ってきて許してくれた。

 

 

結局、僕はソファで寝て、彼女にベッドを譲った。

譲ったは語弊かもしれない、別々でいたかった。嫌いじゃないけど。

何故かわからないけど、逝かなくても賢者モードはやってくるものだとその時知った。

 

彼女が寂しそうにしているのはよく分かっている。寸止めをされるのは男女問わず嫌だろう。

自分でもわからないけど、

彼女を好きなんだけど、彼女を最後まで抱けなかった。

 

彼女が寝たのはすぐ分かったけど、寝つきが悪い僕はなかなかねれなかったのを覚えている。

結構色々考えていた気がする。

それでもいつのまにか寝てしまっていた。

 

朝になり、僕が寝ぼけながらも目を覚ましかけたとき、ベッドにいたはずの彼女が僕の足の方でこっちを見つめながらもたれていた。

彼女は優しく笑いながら触ってきた。

ベタベタしてきたのだ。

僕は避けるように彼女を払おうとしたが

彼女は真剣な顔して、そのまましててと言って漢失格のレッテルが貼られている僕のモノを咥えてきた。

寝起きで目が霞んで朦朧とした中、彼女は咥えてきた。

不本意ながら、払おうとした手はいつしか彼女の頭を撫で回していた。

力が抜けて彼女に征服された僕を見て彼女は嬉しそうに笑ってみせる。

そして、僕はこの醜態を気にすることもなく嬉しくなって腰を動かしていた。

そして、彼女の頭を掴んで自ら奥まで咥えさせていた。

 

気持ちいいだけじゃなく、見たことのない彼女の顔と言葉に嬉しくなってしまった。

僕はこの時、彼女を女性として感じた最初で最後の瞬間だった。

最初で最後のドキドキだった。

 

彼女の口の中は暖かくて、あまりに優しすぎた。

僕はあっという間に、身体を委ねていたし、抗うことなくいった。

後にも先にもないくらい解き放たれた気がした。

不本意ながら、欲に負けた。

 

僕は彼女を抱かなかったくせに、彼女にたっぷりと甘えていた。

それにもかかわらず、彼女は生き果てた僕を見て嬉しそうに笑った。

 

彼女は、何か成し遂げた顔をしていた。

それを見て僕ははまた勝手に切なくなったし、悲しくなった。

 

微動だにしなかった僕の心を、彼女は最後の最後に粉々に解した。

僕の目の前にいる彼女は、あの時、彼女以上に彼女だった。

そして、僕はあの日、

最後を言い訳にせずとも、彼女に恋しさを感じた。

 

最後に見た彼女の目には、どこまでも夢が溢れていて、輝きに満ちていて、清々しかった。

 

 

 

彼女は東京に行った。

予告通り彼女は東京へ発った。

夢を追いかけて、やりたいことをやりにと言って。

僕は今までにないくらい恋しくなったし、もう会えない気がしてならなかったから、精一杯の冗談交じりで止めにかかったけど、笑って誤魔化して送り出した。

 

彼女は東京に行った。

 

最初のうちは、不慣れな生活で寂しさもあったのだろう。

よく連絡を取っていた。

あんたしか愚痴言える人いないしって嬉しくないことも平気で笑って話してたけど。

 

彼女は僕と似つかないくらい明るくて笑顔に曇りがなく社交的な人だったから、大丈夫だろうと励ましたりしていた。

 

僕の勘は的中した。

彼女は夢を追っかける前に、男を捕まえた。

捕まえたというと、語弊があるかもしれない。

彼氏を作って同棲した。

もちろん、それから連絡は減っていった。

彼女はそれから、すっかり東京の人となって、生活を謳歌していたに違いない。

 

この先、30過ぎてもお互い相手がいなかったら2人共諦めて結婚しようか。と、彼女と話したことがある。

彼女は、いつものように笑ってバカじゃんと言っていた。

 

連絡することなくなって

思い出すことも減ってゆくばかりだが

僕は今でもくるりを聴くと彼女を思い出すことがある。

すっかり彼女よりくるりを好きになったと思う。

僕は相変わらず変わらぬ記憶をぐるりしているのだけど。