( néant )

消費期限切れの言葉たち

The Memory Is Cruel / Russian Red

久しぶりに文字を打ち始めている。

特に何があったというわけでもない。

なんの変哲もない日々。

ただ、書かないと作った意味がない気がする・・・

梅雨に入ったというのになんだか晴れな日が続いている。

目が醒めても晴れているだろう。醒めれなければ晴れも雨も何も気にならないのだが

そう願った所で天罰が下るばかりだろう。

 

 

先日、僕は誕生日を迎えた。

一年に一回だけの誕生日。それが嬉しかったのは十代までだろう。

学年が上がる喜びやあの時自分が見てた大きくて大きくてかっこ良く見えた「大人」に早くなりたくて、そわそわしていた気がする。

 

 

もう、26歳になった。

10代までは長く感じていたのだけれど、大人の仲間入りして喜んだのつかの間

20代から超特急で過ぎていく。時間という生き物がすごく冷酷で残忍に思えてくるほど。

ため息と同時に一年分の後悔がのしかかってくる。

後悔というと、

「後悔」しない生き方をするべき。と割りとポジティブな人間はそういう。

そんなことは大昔から分かってはいるのだし、誰だってそう思って生きていたいだろう。僕もそう思います。

いつだって、笑って生きてゆけて一日の終りに今日の幸せ探しでもして、明日を迎え入れたいものです。

幸せに大小などないのだろうし、人それぞれ度合いも満腹中枢も違うのだし。

でもなんだろう。僕は人は「後悔」する生き物だと思ってて。

「後悔」が生理現象な気がするんですよね。

だから、喜怒哀楽が存在していて、だから、感傷的になれるというか。

悲しい・切ない歌が存在する事も然り。

 

僕は後悔ばかりしてきたし、今でもしているし、きっとこう打ってて書き上がる時も後悔している。未来でも。

自分が変わらなければ、増えるばかりというのも分かる。

 

後悔をきっと後悔と思わなかったら後悔なんて存在しないのかも。

だとしたら、やっぱりポジティブに軍配が上がりますね。

つまり、僕みたいのクズネガティブずっとおやすみプンプンははじめから

棄権でしょうね。

 

20代過ぎての誕生日など本当にめでたくないし

おめでとうと言われても腑に落ちない。

言われる分は大変うれしいのだが、心に入る事も染みる事もない。

ハッピーニューイヤーと同じニュアンスです。

新年あけて、おめでとうございます。の意味が全くわからない。

 

誰かが明けたわけでもなく、12ヶ月経てば自動的にやってきてそれを半永久的にリピートしているだけなのに、好きだった曲でもずっとリピートしたらさすがに距離を置くのにもかかわらず。

12月31日から1月1日は誰も飽きていないように思える。

街は賑わい、人は騒いでいる。

年を取るだけで、めでたいこともないのに。

確かに1999年から2000年への移り変わりはなにかちょっと違う感じはあったのだけれども。

こんな事ばっかり考えているから友達も少ないのだし、もちろんモテもしないのだ。

 

屁理屈のように見えるけど、そうでもない。

ほんと、なんでそんな楽しそうなのだろう。とふとした疑問のように思っているだけだ。

 

僕の家系は親戚同士も割りと仲良くて、行事ものではよく集まっているし、もちろん大晦日やクリスマスはパーティー仕様だったのだけれど

いつまでたっても僕はパリピにはなれないようで。

 

今思い出したのだけど、数年前まで

新年あけましておめでとうございます。 が受け入れられず、年明けて会う人会う人が

そのセリフを言ってくるのにずっと言わずに「うぃ〜」ってだけ愛想笑込で返して時期があった。ずっと言わなかったら、そのセリフを言う時期が過ぎていて自分の中でやりきった感があったのを覚えている。

 

だって。やっぱり・・・・めでたくはねぇ!!!!!

(誕生日から大晦日の話になるなんて)

 

僕は男だし、その中でもしょうもない男だし、魅力も特技もそれと言ってないし、罪を犯している人達よりかはクズじゃないだろうけど、一般論に当てはめると多分クズだろう。

その上、女々しいってのが剥いでも剥いでもくっついてくる。

 

女々しいって言葉は男性にしか言わない言葉だし

女々しいのは男性って認知されてるがゆえの言葉だと思っている。

女性に女々しいとは言わない。たくましいねとも言った事も無いけども。

 

男はそういうもんなんだろう。

ずっとちまちま根に持ち続ける。

根に持っているって感覚ではないのだけども

そういうことだろう。

前を向いて切り替えるより、悲観的にずっとずるずる思い出にすがって

バタフライ・エフェクトに例えて違っていたはずの妄想をするのが

好きなんだろう。

その方が簡単だもの。忘れるよりも。

 

だって、思い出って消えないもの。消せないもの。

心はいつだって、ご都合主義で時間が経てば思い出を美化するのだ。

年を取った時思い出す際には脳みその中で自作映画として流すのだし。

挿入曲もロケーションもいつだって綺麗なまま。

そう考えると思い出って素晴らしい。ずっと綺麗なままだ。

映画として考えるとって話だけどね。

 

女性の切り替えの速さには常に憧れるものだ。

3日と経てば元通り。(※個人差があります)

森山直太朗で生きてることが辛いなら…どうぞ)

 

 

誕生日を執拗に気になるようになったのは理由があって。

ただの誕生日ならいいのだけど。

元は只の5月19日という誕生日だったのだけれども。

 

元彼女の誕生日と一日違いっていう

当時はハッピーエンドレスな衝撃で、今となっちゃシリアスヘビーな衝撃という。

人に対しても、物事に対してもそれなりに冷めていますけど

そんな人間でも当時それを知った時はすんごい衝撃的だったんですよね。

それはそれは一日違うってだけど、奇跡のように、運命のように思えましたよ。

バカですけどね。バカなんですけども。

 

それくらい、嬉しかったし

信じていない自分に彼女が免許証を見せてきてようやく信じた感じですね。

彼女もびっくりしてましたね。無口な彼女でしたけど。

慣れてない笑顔で嬉しそうにたたずんでいた彼女を覚えています。

今となっては、雲がかかりぼやけているのだけど。

 

彼女に聞かれて答えた別に祝福するほどでもない

ただただ、産み落とされた日が一気に華やかに見えて

ちょっとだけ、この日で良かったなんて思っちゃったりして

全く、クズだけどバカ真面目なピュアな部分もあったりするんですよ

阿呆くせぇ。

 

めでたいと思わなかった日が、

2日続けてめでたいと思えた思いたい日になった。

 

そう、ずっと続いてればな話。

そもそも、永遠なんてないとわかりきっていて

いつかは別れが来ると思いながら付き合っていたのが間違いだったのかもしれない。

でも、幸せや自分を愛してくれる誰かが一番近くにいて、それを心いっぱいに受け入れる強さや素直さは僕には無かったんですよ。

臆病のまま、その幸せが怖いと思えたのです。

いつかふとした瞬間、ありふれた日常に、壊れてしまって終わるくらいなら

自分で意識がある内に、自分で壊してしまったほうが楽だと思ったから

その当たり前にあった幸せやありふれた優しさでつまった幸せを自ら壊したのです。

 

頭でっかちで考えすぎな性格は損をします。

考え続けて考え続けて、いっそ解決策を見いだせたらいいのだけども

孤独には馴れていたけど、2人で愛し合って互いが特別で互いが無くてはならない存在って関係にすごく怯えてしまったものです。

 

 

そんな考えばかりだから

今までずっと、誰かと深い関係になることを避けてきたし。

「好き」という感情だけで向き合ってみたら、実はそれは「好き」ではなくて

「寂しい」という一時的に「好き」に都合よく変換する錯覚私情脳でしたしね。

 

寂しくなっても身体を重ねる事なんて容易いものなのに

どうして付き合う必要があると思っていたし。

付き合うって事がどうしてもお互いを独占契約できる肩書きにしか思えなかったからずっと避けてきた。

 

でも、彼女とは付き合った。「寂しい」ではなく「好き」だった。

そう分かって知れただけでもいいのだろう。でもいつだってそういうのは後から来る知らせのようにその時には分からないものなんですよね。

付き合ってよかったと思っていますよ。

クズでもいい。そんな自分だから好きになった。と言われる事なんて

普段にはないものでしょう。 ありのままの自分を越えて越えて心の奥底まで入ってきてそれでも好き。と認められる事がどんなに嬉しかったか、少し斜め上を見ながら歩けるようになった晴れた日が続いたことで気付いたよ。

 

でもね、やっぱり永遠なんてないのだし

いつかは別れが来る。

結婚していたとしても

片方が先に死ぬだろう?

そこまで永遠に拘っているのかといわれたら

大げさかもしれないが、あくまでも永遠なんてない。って言葉を表すには

最後まで一緒にいないとだろうし・・・

 

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アンドリューみたいにはならないだろうし。笑

死を選択出来る時代になるならまだしも。

ロビン・ウイリアムズ好きだったな〜・・・泣)

 

 

結果、これから擬似でもリアルでも恋愛はするけども付き合うという関係性に直面したらきっと躊躇するし、付き合わないを選ぶと思う。

付き合ったとしても終わる時は、ちゃんと向き合って話し合って別れましょう。

終わり良ければ全て良しなのです。つまり、終わりが悪ければ、今までのことも全て無駄になると思います。

 

 

永遠なんてないのに、お互い好きになって、お互いをもっと気になってもっと知りたくなってお互いを求め合って愛し合って深い関係で結ばれたのに終わりが来るって

そりゃもうドMしか耐えられないと思います。

僕は今回が初めてに近いちゃんとした恋愛でしたけど、もう今となっては負のループ。

引きずってはいなし、戻りたいかと言われたら戻らないけど。

でも、後悔しているのは、別れるときにちゃんと話さないで向き合わないで勢いのままで終わらせたってこと。

そこだけ、そのせいでずっとモヤモヤしたまま。

もう正気の沙汰ではない。別れてから狂ってる。いや、笑っちゃうくらい精気失っている。笑

別れてから狂ったように悪いようにサイクルしている。

全て変わってしまった。

別れた後に地元で再会した昔いい感じ?だった女性とも結局ダメになってしまったし。

少しばかり斜め上を向いて歩いていた晴れた日の上に雨雲が重なっている。

綺麗な景色も嬉しい話もそうは思えなくなってしまったよ。

もはやエンターテイメント性あふれる。

はじめてちゃんとした恋愛だったから尚更だろうけど。

たとえ前を向いて生き続ける事を選んだとしても、一年に一回思い出すんだろう。

誕生日が来る度、おセンチメンタルになって思い出すのだろう。

一日違いで奇跡って喜んだ衝撃なんて別れたらそのまま衝撃としてインプットされているから。

でも、一年に一回くらいならいいのかもしれない。

ハッピーバースデーって言えるくらい充実していれば、彼女の幸せもどうだってよくなるだろう。

 

知らないでいいことなんてたくさんありすぎていて、

知りたいと思った時に立ち止まる事ができるなら

余計に傷をえぐることもないのだ。

ベタぼれしてくれた彼女が、すぐ切り替えられるのは女がみんな早いわけじゃないよと言っていて、この先を落胆視していた彼女が、あっという間に手のひら返して、新しい人好きになったのは、体感的にラーメン出来上がるくらい早かった気がしたし。

 

「え・・・ちょっとまって。え・・・言ってた事と真逆がな〜うそーん」とショックだったけど。そういうもんだ。女性ってそういうもんだ。

 

当時吐いた言葉の効力には賞味期限があるのかもしれない。

当時じゃなければ廃棄処分される運命で、賞味期限きれたあとも大事に持っているのは自分だけというおセンチメンタル女々しさ。笑

 

即乗換割りを使って新しい携帯に変えた彼女に昔の携帯を手に取る暇も無く。

ってところでしょうか。

 

それを知った時は、一緒に居た時間も深さも全てが幻のように感じたし、伝えてくれた言葉も手紙も血みどろの嘘で塗り固められたように思えたけども。

 

女々しいながらに、そう思ってくれた。って良かった部分だけを取り出して

生きて行きたいと思います。

病んでいた彼女が今じゃ幸せと感じてて前向きになってる事を知った時は、すごく憎くて、自分の中の汚い部分が溢れ出てくるほど制御効かなかったけどね。

 

幸せになんて馬鹿らしい。

好きな人はずっと好きなもんだ。

 

あたしはただ、好きな人が好きな人を、好きになりたかっただけ

 

ただ、君を愛してる」の宮崎あおいのような名言は死んでもいえませんし、いいたかありません!

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無理。そんな寛大ではない。

むしろ、もっと病めばいいのに。と醜い考えが出たくらい。

病んでいて人生に後ろ向きで終わらせたがっていた彼女が幸せに生きているなんて。

(あれ・・・僕と付き合ったせいで悪くなったんですけね・・・アレレ)って自信喪失もしちゃう〜〜〜〜〜笑

 

人生を後ろ向きでいた彼女は笑わしてそうでもないよとたまにはいいことあるよっと接した自分が馬鹿みたいと思ったけども。

きっと、彼女を励ます事で自分を癒やして優越感に浸っていたのだろう。

終わって仕舞えばなんとでも言えるし結論出来るけども。

 

自分が良かれと思っていた事とか、相手が喜んだ顔だから大丈夫と思うことは盲点でしかなくて。

 

自分が思う優しさが、相手にとっての優しさかどうかはまた違うのだろうな。と気付いたしね。

 

でも、だけども…

別れた後に好きな人すぐ出来て

「いい人達に恵まれて、今が生きてて一番幸せ」なんてちょっとエグ過ぎですって…(笑)

知らなければよかっただけども。ショックだったなー・・・

全否定されたかのようで。今じゃネタだけど。

 

言いたいことはたくさんある。

うん。ある。ツッコミ甲斐があるくらい、真逆になった彼女。

ホントはツッコミたい。

 

当時は嫌いや苦手と言ってたものが

今は好きなこととか。新しい人も様変わりチューンアップ。

 

知らなければいい事実なんてたくさんあって

それなりに身体が地面から浮いてるような気分なるくらい傷ついたけども

今となっちゃ、見直せる機会ともなった。

言いようだけどね。

 

良かれと思っていて、相手の為を思って気を遣って言わなかった言葉や起こさなかった行動などは、本当は自分が思い込んでいただけであって

相手を押さえつけていただけなのかもしれない。ってね。

無口な女性だったからね、本当は精一杯だそうと思っていた言葉を、僕は紡いであげたつもりでいたけど、本当は潰していたのかもしれない。

終わり良くなければ、ずっとモヤモヤ。ずっと懺悔と後悔と喪失。

いいじゃない、たまにはこんなおセンチメンタル女々しさ発揮しても。

すごい人間でもないのだしね。

 

あと、付き合う人はそんなかわいくない人でいい。

自分で言うのもなんだけど、彼女は可愛すぎた。誰が見てもきっとかわいいという。

見せたのは数人だけども。

最近見せた時は「ブスと付き合ってると思っていた。意外。かわいい・・・もったいない」と言われた。

 

もったいない。っていうな。

自分自身がそう感じている。

本当にもったいない、あんなにかわいい人が自分を愛してくれたのに。と棺桶に入りたい気持ちだ。

 

かわいいはきっと関係ない。

仲が深まって互いを好きになれば、その人に勝る人はなかなか現れないものだろう。

でも、人は見た目から気になって接するか決めるでしょう。

そのかわいい。を越えないと相手をしろうとも思えなくなるってことだよね。

 

かわいい人はそれなりにたくさんいる。

しかし興奮せん!!!!!!!!!!!

残念ながら元彼女がかわいすぎて興奮せん

女々しさしか残らない。

でも当然よね。

顔だけじゃなくて、身体も心も一緒に重なりあったのだから

そりゃ、他人より興奮しますよね。

これを打開するには、やっぱり恋愛しかないと思うんです。

彼女が好きな人をすぐ作り、何事も無かったかのような佇まいになったのだから、それしかないと思うんですよ。

 

新しい誰か、いつか出会いたいものです。

大切にしたい人、永遠なんてないと知りながらも一日一日ありふれた日常を幸せと思えて噛みしめて大事にしていきたいと思える人と。

 

懺悔も過ちも罪の意識も無駄にしないほどの恋愛をしてみたいものです。

 

もう充電が切れそう。

誕生日にちなんで女々しさ丸出しで彼女の話をしようと思ったのだけど

サブカル風におセンチメンタルキノコ頭の中性的男性のように。(皮肉)

短くまとめる技術欲しいけど、書いてる内に手が止まらなくなるから無理です。

ただの日記ですから無理です。

 

思い出は残酷ですね。 

The Memory is Cruel

 

And the memory is cruel
it reminds there's no one new
time is nothing but a lie
if she's not coming home tonight.
And your sleep will never be as good as it used to be
when the one you love is gone,
when the one you love is gone.

 

 染みます。

こんな長いのに読んでくれる人いたら

ありがとうございます。